臨時国会で非正規・最賃法
改悪案の強行をねらう政府 |
3捜査機関の年頭あいさつ
イスラエルはガザへの侵略の一方的「停止」を宣言し、軍を引き上げた。しかしその破壊・虐殺のレベルは破滅的なものだった。「アイリッシュ・レフト・レビュー」がレバノン出身の国際政治学者ジルベール・アシュカルに聞いた。(編集部)
検察と警察、国情院(国家情報院、KCIAの後身)など3大査正(捜査)機関のトップが1月2日に行った新年あいさつの内容は、ほとんど似通っていた。法務部(省)長官の発言も同様だった。彼らが口を合わせた要点は「公安統治の強化」だった。
イム・チェジン検察総長は「親北左翼」「抜本的防止」という表現を使った。キム・ソンホ国情院長もまた安保の確立を強調し、オ・チョンス警察庁長は「自由民主主義体制や国家のアイデンティティーを揺るがす勢力には警察が中心となって断固として対処しなければならない」と語った。キム・ギョンハン法務部長官も「自由の名によって自由民主的基本秩序を否定する行為を容認することはできない」と宣言した。
公安政局復活の兆しは、いたる所で現れた。検察は早ければ1月末に大検察庁(最高検)に公安3課を復活させる計画だ。大検公安3課は2005年を最後になくなった部署だ。ソウル中央地検にはサイバー犯罪捜査部(仮称)も新設される。キャンドル集会の際に威力を発揮したサイバー集団行動が萎縮するのは必然的だ。
公安3課の復活と要員の選抜
警察は今年、警察官機動隊5千人を新たに選抜する計画であることが明らかになった。デモ鎮圧が彼らの主要任務だ。警察は昨年、「白骨団(かつて、最も強暴な機動隊とみなされていた)」復活の論難にもかかわらず、これらのデモ鎮圧専門要員1400人を初めて選んだ。そのうえイ・チョル・ハンナラ党議員が発議した国情院法改正案が国会を通過するなら、国情院の公安機能も大きく強化されるものと見られる。
このような状況の中で捜査・取り締まり機関のトップらが新年早々から公安政局の雰囲気づくりに乗り出したのだ。憂慮は現実化した。
2008年12月31日のキャンドル・デモ隊に対する警察の対応が、まさにそれだった。同日夕刻8時30分頃、ソウル・鍾路の平和博物館前に全教組の解職教師たちが集まった。全教組などの市民団体は同日の深夜12時になったら黄色い風船5千個余りを夜空に飛ばす計画だった。警察は風船をデモ用品とみなし、ごっそり奪い去った。
夜10時、今度は民生民主国民会議(民民国)など「MB(ミョンバク)悪法阻止48時間国民行動」がキャンドル集会のためにタプコル(旧パゴダ)公園に集まった。集会は開催できなかった。キャンドルデモ隊が集まるやいなや警察が四方を包囲してしまったからだ。集会も開けないまま閉じ込められた市民らは、道を開けてくれと抗議した。警察は旗や風船、プラカードなどデモ用品を差し出すまでは通行を許可できない、として阻んだ。結局、一部の市民は家に帰るためにタプコル公園の塀を乗り越え、デモ隊は風船などをすべて押収された。
民主党と民主労働党が国会内でMB悪法阻止の籠城を繰り広げていた1月4日未明、国会前の状況も似たようなものだった。キム某氏(36)はその日、国会の近くでキャンドルを下げて「歩いていて」警察に逮捕された。「ただ歩いていただけだった。1月3日の深夜12時からキャンドル市民数人が10メートルほどの距離をとって国会図書館前を歩いていたが、突然『そいつらを移動させるな』という声が聞こえた。するとすぐに楯を持った警察がわれわれをまん中にしてコの字型に監禁した。女性友達や何人かが抗議をすると、誰かが『そいつらを捕まえおけ』と語り、逮捕された。それが事のすべてだ」。
イ某氏(46)は、それより3時間前、国会前で警察に壊された携帯用マルチメディア・プレイヤー(PMP)の弁償を求めていて捕らわれた。キャンドル集会に参加したわけでもなかった。単に国会前の、国民銀行の建物の花壇に座ってPMPでTVを見ていて災難に遭った。「警察の通行をじゃましたのであればともかくも、片隅でじっと座っていただけなのに、警官らがどかどかっと押し寄せて私を押しのけた。この最中に持っていたPMPが転げ落ちて壊れた。20分ほど追いかけ回って、話を聞いてくれと言うと、弁償どころか逆につかまった。
キム氏とイ氏は連行直後、きっちり48時間、永登浦警察署で取り調べられた。キム氏は集示法(集会・デモに関する法)違反容疑、イ氏は公務執行妨害容疑を受けている。捜査は1月9日現在も進行中だ。
警察は、理非は法廷で問え、との態度だ。永登浦警察署関係者は「ハンギョレ21」との電話で「キャンドルを持ってただ歩いていた人間は集示法違反ではないと主張できるだろうが、現場では集示法違反だと判断した」のであって「判例という物差しをあてれば警察が無理に逮捕したものとも見ることができるが、それは法廷が判断すればよい」と語った。イ氏に対しては「PMPが壊れたという事案は刑事ではなく民事で扱う問題」であり「現場で112(日本の110)申告をして解決すべき問題だったのに、警官を追い回して抗議してはどうしようもない」と語った。
大卒失業者は弾圧の対象
正面衝突に向けてつき進んだ公安機関と市民社会は1月6日、与野党が争点となっている法案の処理に号するとともに多少、鎮静化した。キャンドルの一端を担っていた言論労組はストライキを一時、中断した。年末年始の散発的に燃えあがったキャンドルも静かになった。
平和は続くのか。政府も市民社会も、今日のこの静けさが長続きはしないだろうということをよく分かっている。まず政府側が、「体制を脅かす勢力」「親北左翼」「進歩左派」など刺激的あるいは理念的用語を乱発して市民社会を強く刺激している。
今年上半期に大卒の失業者がどっと出て、中小企業の不渡り・倒産が続出するとともに、現政府や体制に対する脅威が加わるだろう、というチョン・ジョンギル大統領室長の最近の発言は、イ・ミョンバク政府の現実認識をよく示している。政府が大卒失業者に言及する場合には、主として失業対策に言及するためだ。ところが現政府は大卒失業者を潜在的な「体制を脅かす勢力」とみなした。
ホン・ジュンピョ・ハンナラ党院内代表は1月6日、「現在、一部の法案をめぐって、まるでキャンドル集会の時のように、いわゆる進歩左派勢力が結集している」と語った。彼の言う一部の法案とは言論関係法とサイバー侮辱罪を主要内容とする情報通信網法、デモなどでのマスク着用を処罰する条項を盛り込んでいる集示法、広範な携帯電話への盗聴・監視聴を許容する通信秘密保護法、国情院法などを指す。
政府・与党の論理通りならば、現政府が推進している政策に同意しない人は進歩左派となる。その人々が街頭に出れば「親北左派」となるのは必定で、「体制を脅かす勢力」である失業者たちとともに、すべて「国家のアイデンティティーを揺るがす勢力」とみなすことができるだろう。
市民社会は政府の見方に同意しない。経済危機の克服に自信のない政府が公安政局を作りあげることを通じて大衆の関心をそらそうとしているのだ。これとは関係なしに、現政府がMB悪法を放棄せず、一方的構造調整などによって庶民や労働者の生存権を脅かすならば、対決せざるをえないというのが市民社会の立場だ。
労働界の動きが、ともかくも容易ならざるものがある。何よりも雇用不安が最大の関心事だ。すでに相当数の企業が減産や休業などによって構造調整を進めているのに加え、政府さえもが2月の臨時国会で非正規法の改正案を処理する計画だ。60歳以上の高齢者に最低賃金よりも少ない賃金を与えることができるようにする最低賃金法改正案も共に上程されるものと見られる。これに加え、政府がいじくりまわしている勤労基準法の緩和カードまで持ち出せば、労・政の衝突は時間の問題だ。
当初・民主労総は3月初めに総力闘争宣言大会を開く計画だった。経済危機に伴った苦痛を労働者たちに押しつけるやり方は不当だ、というのが民主労総の主張だ。民主労総の総力闘争の時期は、早ければ2月に前倒しされる可能性がある。ウ・ムンスク民主労総代弁人は「政府が2月臨時国会で非正規職法や最低賃金法はもちろん、言論関係法などMB悪法を再び強行しようと試みるならば、労働者全体が踏み出さざるをえない」と語った。
2月が重要な理由は、まだある。2月25日はイ・ミョンバク大統領就任1周年となる日だ。仮にもMB悪法が2月臨時国会で強行処理され、イ大統領就任1周年が重なると同時に、チョン・ジョンキル大統領室長が語っているように、「体制を脅かす勢力」である大卒失業者がどっと出ればキャンドルが早期点火されることもあり得る、との指摘だ。
400余りの市民・社会団体や進歩・改革政党が結集した民生民主国民会議の関心も2月臨時国会に向けられている。民民国の今年上半期の核心的課題もまたMB悪法阻止と庶民生活支援政策の要求だ。アン・ジンゴル民民国・政策ネットワーク・チーム長は「キャンドルは何がしの団体や何がしの人々が提案できる性格ではなくて予想しがたいけれども、イ・ミョンバク政府が現在のようにMB悪法を押しつけ、青年失業や雇用不安まで重なれば労働者や庶民の怒りはどんなやり方であれ、爆発することとなるだろう」と語った。
大規模デモは避けられない
08年の第1次キャンドル集会に続き、今年も市民たちがキャンドルをともさなければならない状況になるならば、結果はより深刻になりかねない。ペク・ナッチョン・ソウル大名誉教授は最近「チャンビ週間論評」で、イ・ミョンバク政権の統治体制に変化がなければ早晩、大規模群集デモは避けられないだろう、と予測した。そしてその形態はキャンドルの群集なのか、それともタイマツをかかげることを辞さない空腹で荒々しく怒っている群集なのかは予測しがたい、と付け加えた。ともかくもキャンドルに火がつけば簡単におさまりはしないだろう、との警告だ。
ハン・ホング聖公会大教授も、キャンドルが燃え上がることを既成事実化した。けれども、それ以降の状況については彼も分からないと語った。ハン教授は「08年のキャンドルが政府に対する期待値がそれなりにまだ残っている状態でともされたとするならば、現在はイ・ミョンバク政府が経済危機などをコントロールできない状況で吹き出すもの」であり、「現実に対する期待を持たなくなった時、大衆は極端になり得る」と語った。
イ・ミョンバク政府の公安政局づくりの動きと市民社会の不満は、1つの線路を互いに向きあって突進する機関車のようだ。解法は1つだ。どちらかが先ず機関車を停めることだ。それは譲歩、あるいは屈服することだ。そうでなければ正面衝突だ。多くの人々は、イ・ミョンバク大統領の統治スタイルが変わらない以上、正面衝突の可能性がより高いと考えている。市民社会が公安機関の弾圧に膝を屈した事例はないからだ。(「ハンギョレ21」09年1月19日付、チェ・ソンジン記者)
イム検事総長発言の変遷
08年「原則・正道・品格」
09年「親北左翼抜本的防止」
「現在の物差しをあてるから理解できないのだ。10年、20年前に時計のねじを巻き戻したと考えてみよ。余りにも当然のことに見えるだろう」。イム・チェジン検察総長が新年のあいさつで「親北左翼」「抜本的防止」を云々した直後、検察関係者にその立場を聞くと、このような答えが返ってきた。彼は「大統領の統治理念に従わなければならない検察総長の立場としてはどうしようもない側面もあるだろう」とも付け加えた。
問題となった新年のあいさつの要点は、こうだ。「大韓民国の正統性やアイデンティティーを否認しつつ、親北左翼の理念を吹聴して社会の混乱を画策している勢力を抜本的に防止しなければならない。特に今年は経済政策に関連した労使紛糾や不法集団行動が大幅増加するだろう」。
この10年間、歴代検察総長は、どんな新年あいさつをしていたのだろうか。検察総長らが新年あいさつで強調した部分は、大概は検察の革新と改革、そして政治的中立だった。「検察は権力の侍女」という市民社会の非難から自由ではありえなかったからだ。
キム・デジュン政府の時節だった2000年、パク・スニョン検察総長(当時)の新年第1声は「政治的中立」だった。パク総長は「外圧や懐柔を断固として排撃し、検察の任務遂行と関連して、いかなる疑惑や不信も提起される余地がないようにしていく」し、「必要であれば検察の組織と機能を大幅改編する」と語った。パク総長は翌年の新年あいさつで「根拠のない疑惑までも捜査せよというのは、法と捜査の原則を無視し、国民の人権と正義を危うくする極めて危険な発想」だと語った。
シン・スンナム検事総長も02年に「抜本的防止」という単語を活用した。だが対象が違った。シン総長は、「正義に満ち透明な信頼社会」を1次的に強調した後、「強力犯(殺人、強盗、暴力、脅迫など)、麻薬、環境、食品など民生を侵害する事犯を徹底して取り締まると同時に、社会の至る所で根絶されずにある不正・腐敗を抜本的に防止していく」と誓った。検察改革の意図も忘れなかった。
わが社会が10
年前に戻った
ノ・ムヒョン政府初年度の03年、キム・カギョン検察総長は「自発的改革に対する確実な目標を立て、能動的に対処していく」と語った。キム総長はノ大統領が検察指揮部に対して不信を表すと、自ら辞職した。
04年、05年にはソン・グワンス検察総長が新年あいさつを述べた。特に彼は04年、青瓦台(大統領府)が検察の大統領側近に対する不正についての捜査結果に遺憾の意を表明したことについて、「いまだかつてない法治主義の確立や透明で公正な検察権の行使が切実に求められているこの時期に、事件の実体究明と関係のない配慮は排除し、真実の発見と正義の実現に全力を集中させなければならない」との新年のあいさつを残し、検事たちの信望を得た。ソン総長は翌年の新年のあいさつでは人権と検察改革を強調した。
参与政府(ノ・ムヒョン政権を指す)後半期の06〜07年に検察を率いたチョン・サンミョン総長は一貫して権威主義に象徴される検察の組織のあり方への変化を訴えた。
そして参与政府最後の年である08年、検察総長は新年あいさつで「原則と正道の検察、品格の検察」を作りあげよう、と提案した。彼は「品格の劣る検察捜査は国民の冷笑と不信とを招来する」のであり「このような現象が検察権を無力化させることのできる制度的けん制装置の導入へと結びつきかねないことを忘れてはならない」と語った。この発言をした人物こそ、イム・チェジン総長だ。
そう語っていたイム総長が、わずか1年の間に「親北左翼」「抜本的防止」を云々したという事実を、どう見るべきなのだろうか? この10年間、いや自らが検察を指揮したこの1年間、ほとんど見えていなかった「親北左翼」が突然、見えるようになったとでもいう意味だろうか。はっきりしたことは、検察総長の新年のあいさつにのみ限ってみれば、わが社会が10年前に戻ったとの主張は間違いではないという事実だ。(「ハンギョレ21」09年1月19日付)
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