読書案内
薬師院仁志著 新潮新書 780円+税
世界を覆い尽くす「魔物」の正体
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現代の世界政治を考える上で、「ポピュリズム」という概念が大きく浮上している。もともと南米アルゼンチンのペロン政権への特徴づけから出発したこの用語は、きわめて多義的な、あいまいな形で使われている。日本ではいま、大阪維新の会から、「れいわ新選組」までの政治を特徴づける言葉として使われているが、いま改めて、このテーマにどう取り組んでいくのかが問われている。今後のていねいな議論と実践を積み重ねることが必要である。読者の皆さんの積極的な論議を。(編集部)
本書の紹介
本書は現代型ポピュリズムの実態を学ぶ上での良書である。現在、世界中に蔓延しているデマゴギ―(民衆煽動・政治煽動)型のポピュリズムの実態を暴き出して、徹底的に批判しているのと同時に、その危険性について警鐘を鳴らしている。
終章では「ポピュリズムは、議会制民主主義の破壊でもある。みんなで自分たちの国を良くしようという意志が共有されなければ、選挙も議会も無意味だからである。……私たちは、どんな世の中を次の世代に残してゆくべきなのか。そのことを真摯に考えなければならないのである。議会制民主主義は……それを人が望み、尊重してこそ、初めて正常に運用されるのである。だから、ポピュリズムが人々の心を蝕んでしまうと、民主政治は終わる。私たちは『……ヒトラーをドイツ国総理に任命したことは、憲法できちんときめられた通りの形式をふんでいた』という事実を忘れてはならない」と締めくくっている。
本書を論評したり、解説するのは私の現在の能力では極めて困難なので、序章から第五章までの重要だと思われる個所の抜粋で読書案内としたい。(高松竜二)
序章 ポピュリズムの危うさを実感するために
トランプ氏は……まともな大統領候補としてではなく、まるで道化師のような扱いでマスコミに取り上げられた。……本音むき出しでやり返すカウボーイ。エリートが支配するワシントンを壊すため……汚い言動で「やり返す」ということなのだ。……人々を汚い方向へ扇動するのが、ポピュリズムの真骨頂なのだ。それに成功したのが、トランプ氏に他ならない。
大阪維新の会の態度は、代議制民主政治そのものに対する威嚇なのである。……とにかく票を集め、ただ単に選挙に当選することだけを自己目的化する態度に他ならない。……選挙や住民投票、あるいは多数決といった手続きを手段として利用し、民主主義や法治国家の本質を骨抜きにするような行為が蔓延した……。
人権や法治主義そのものが問題なのではなく、それを壊すような煽動が問題なのである。……そもそも民主主義とは何か、その定義や歴史、あるいは成果と副作用などを深く考え直してみることが不可欠なのである。……現実問題として消去法の後に残るのは代議制(間接)民主主義だけになる。……民主主義を護れとヒステリックに叫ぶばかりでは、単なる思考停止状態である。民主主義とは何なのか、何のための民主主義なのか、そして、民主主義の現状はどうなのか。それらの問題を直視することなく、前に進むことはできない。
第一章 民主主義とポピュリズムの不可分な関係
「ポピュリズム」を日本語に翻訳することは、簡単なようで難しい。……「人民主義」という表現が最も妥当だと言えよう。……「民主主義」と表裏一体だったのである。ポピュリズムを否定視することは、究極のところ、人民の価値を否定することになってしまう……。「ポピュリズム」の両義性……「人民の人民による人民のための政治」を旨とする「人民主義」の理念と、実際に蔓延している「大衆迎合主義」的な現実である。……プラトンは、「民主制から僭主制が生じる」という表現によって、民主主義の衆愚的側面が抱える宿命を指摘していた。
エリートによる統治を肯定するルソーは……誰であれ全員が意思決定に参加するような政治を否定していた……「民主制は衆愚政治に堕落する」危険があると指摘し、人民の直接的な政治参加には消極的な見解を示していた。……そもそも選挙とは、統治者と被統治者の区別を合法化する手続き以外の何物でもないのである。
ミルはモンテスキューと同様の認識に立ち、「民衆世論における知性の度が低いこと」を、「代議制民主政治に付随する危険」だとしている。……ミルは上流支配層の側ではなく、人民の側に立っていた……「普通教育が普通選挙権に先行しなければならない」という条件が付け加わる……。理屈はともかく、近代史の中に現れる具体的な民主政治は、文字通りの意味での「人民主義(ポピュリズム)」と表裏一体であったと言えよう。
イギリスは国民主権の原理を採用しておらず、アメリカの合衆国憲法にも国民主権を規定する条文は存在しない。近代的な意味での国民主権や人民主権は、フランスで生まれた統治原理なのである。……主権は、法に基づいて組織された議会制度の枠内において、国民という総体によって行使されなければならない……これは、一人一人の者が直接的に統治に携わること―直接民主主義―の否定に他ならない。
国民主権は、当初からあくまでも間接民主主義型の制度の中でのみ成立する原則だったのである。言い換えれば、エリート主義的な政治体制を構築した上で、その枠内でのみ、国民主権が認められるということに他ならない。ここに根本的な問題が生じる。結局のところ、圧倒的多数の人々は、何がどうなっても政治的決定の場から排除された人間でしかないのである。
「ポピュリズムは、代議制の上に構築された憲法体制の枠内」でしか成立しない事態なのである。……間接民主主義が単なる手続きに堕してしまうと、ポピュリズムが台頭するのだ。……間接民主主義を「エリートVS人民」という対立図式に還元し、その中で人民の側に立つことが、今日的―大衆煽動的―な意味でのポピュリズムの基本的性格なのである。……選ばれた者による統治を拒否するのであれば、制度自体を変質させるか破壊する他はない……だからこそ、ポピュリズムは民主主義の敵だと位置づけられるのである。その行き着く先は……僭主制、すなわち専制政治でしかあるまい。
間接民主主義がポピュリズムを成立させ、ポピュリズムが間接民主主義を破壊しようとしている。これは、極めて皮肉かつ自滅的な事態だと言えよう。……ポピュリズムを非難することは、人民の参政権を否定することと紙一重なのである。ポピュリズムによる民衆煽動は……誰もが心の中に抱える負の部分に火をつけるのだ。……ボリス・ジョンソン氏を始めとするポピュリストたちは、英国民が抱える雑多な不満の責任をEUに押し付けて、そこからの離脱という短絡的な主張を展開したのである。大阪維新の会が二〇一〇年に持ち出した「大阪都構想」という旗印もまた、これと異なるところはない。
第二章 現代型ポピュリズムとはどういうものか
ポピュリストの烙印を押されている者たちは、ほとんどの場合―大衆迎合と言うより―デマゴーグ(大衆煽動家・煽動政治家)と呼ぶに相応しい……デマを撒き散らして多数派獲得を謀る政治業者がデマゴーグなのだ。……事実に基づいて論理的な議論を展開するのではなく、人々を煽動することを自己目的化したような言辞を弄する行為なのだ。
ポピュリストたちは、たとえデマゴーグでない場合でも、自己規定のために必ず敵を必要とする。……アメリカの人民党(最初のポピュリスト運動とされている)や帝政ロシア期のナロードニキは……具体的に実在する相手を敵だと定めていた。これに対して、現代のポピュリストたちは、多くの場合、架空の敵を創り上げるところから始めるのである。この場合、現実的な敵が存在している必要さえない。……たとえば、既得権益者といった抽象的な形象を敵に仕立て上げる手口などが、その典型であろう。
民意を代弁する態度ではなく、民意を作り上げる行為なのだ。……それは真の迎合ではなく、実質的には世論操作や民衆煽動に等しい。……為政者の側が、有権者に売れそうな政策を商品として生産するようなものなのだ。……ヒトラーが実行したのは、大きな嘘による世論操作と大義名分なき民衆煽動に他ならない。ヒトラーこそ……現代型ポピュリストの第一号であろう。……デマと民衆煽動を結びつけたヒトラーは、ポピュリズムの意味を変えた人物でもある。
「はなはだしい日和見主義」は、デマゴーグ型ポピュリズムに共通する特徴である。……時と場所に応じて、最も耳目を引き、最も煽動的な効果のある発言―文字どおりのデマ―を放ち続けるのである。特に現代では、テレビがデマの発射台となることが多い。すなわち「テレポピュリズム」が台頭しているのだ。
ポピュリストたちは、自らを「救世主的」な存在だと錯覚させるための宣伝や演出を駆使するのだ。……多くの人々が―真の問題解決から目を逸らされ―「確かに改革は必要だ」といった形で丸め込まれてしまうのである。こうした煽動は、民意に迎合した支持者獲得というよりも、むしろ民意を誘惑する信者獲得に近いであろう。
ポピュリストたちの強みは、自らに対する批判を逆利用して支持を伸ばす点にある。……「雑多な反抗の引き寄せを狙う計算的な日和見主義」に立っているから……何であれ現状に対する不満票を集めるのだ。支持者(信者)の目を敵対者への攻撃に向けさえすれば、自らが批判の目にさらされることはない。……他者への攻撃が事実に即した論理的な批判ではなく、感情的な不満の表明に過ぎないのなら、攻撃された側は抗弁しようがないだろう。……詐欺師に近い……ポピュリズムに浸食された政界は、政治家全体をポピュリスト化させる……同じような手を使わなければ選挙に勝てないのだ。
ミルは「数に比例した代表という民主政治の第一原理」を最重視した……。ミルは「多数派だけではなく、全ての者を代表する代議制民主政治」において、「少数諸派が適切に代表されるということは、民主政治の本質的な部分」だと主張……アメリカの大統領制……「合衆国の大統領の地位は、意識的に英国国王の地位を模倣している」という歴史的事実がある。……一人による統治は―統治者の肩書が何であれ―君主制なのだ。
第三章 民主政治を不安定化するもの
デモクラシー政体の国家で「まっとうな議論」を封殺することに成功すれば、あとに残されるのは「多数決」だけということになる。多数さえ押さえれば「悪」に政治的正当性を付与し、政治のど真ん中に君臨することが可能となるわけである。
ポピュリズム勢力が躍進する背景には、社会や政治に対する不信や不満の高まりがある……。「途方にくれた不安な個人」……途方にくれることは、思考停止に陥ることと紙一重なのだ。ヒトラーは、こうした「途方にくれた不安な個人」を煽動したのだ。……時の世情を利用し、普通選挙を悪用した。……普通選挙がポピュリズムの台頭を可能にする条件の一つであることは事実である。……過度の経済格差の前では、形だけの政治的民主化など無力だ……。デマで民衆を扇動するには、正しい知識や正確な情報の普及ほど邪魔なものはない……知識人や文化人を攻撃することで、自分こそが人民の味方だという錯覚を植え付けるのである。妥協のない民主制は、その反対のものに、つまり、独裁制に転化する恐れがある。
ヨーロッパのポピュリズム勢力が掲げるナショナリズムは、とりわけ今世紀に入ると、格差問題よりも自国のアイデンティティに立脚するようになってきた。すなわち、移民の流入や欧州統合は、自国の文化的アイデンティティを奪うというわけである。
第四章 右派?左派?それとも極右?
右や保守というものはリベラルのことなのである。……経済的な面で言えば、古典派と呼ばれる自由放任主義の系列に属する立場である。……リベラル(自由主義的)な右派に対して、平等を求める左派が形成された。そして、この左派が立脚するのが、ソシアルと呼ばれる立場である。……基本的人権の中で、国家から介入されない権利である「自由権」に対して、国家から介入してもらう権利である「社会権」を対峙させるということである。……この両者の競合を通じて、自由と平等という相対立する価値観の間で均衡を見出そうとするのが、戦後の西ヨーロッパ諸国における政治的な構図だと言えよう。
「ナチズムは純粋な政治的ないしは経済的な原理は何ももっていなかった」以上、ナチスが右なのか左なのかを論じても無意味なのかもしれない。……デマゴーグ型のポピュリストは、代議制民主主義を単なる形式手続きへと変質させ、政治的決定を熟議なき多数決に陥れる。その方向性は右でも左でもなく、行き着く先は独裁や全体主義に他ならない。……ナチスは他党を排斥し、まともな政治舞台そのものを破壊したのである。
ヒトラーは、特定の思想や信条の下に人々を引き寄せたのではない。ただ単に、多数を集めたのだ。この点が、最も重要である。……どうして良いか分からないので多数に従う。そして束になって少数派を攻撃する。この状況こそ、全体主義の核心に他ならない。……自分が多数派である証の一つが、ユダヤ人への迫害に参加することだったのである。
当時の国民戦線(ルペン父の時代)が結果的に「右」であったことは事実であろう。……移民や外国人を差別する態度は、平等を旨とする左派思想の正反対であるのは当然である。……国民戦線が真の意味で自由主義的な理念を抱いていたわけではない。……ただ単に、無意味な排外主義を煽動しているだけなのである。
第五章 二一世紀の民主主義
一九三三年三月のドイツ国会選挙において、ヒトラーはユダヤ人批判を封印し、ナチスの穏健化を装った。要するに、国民を騙したのだ。そうすることで、ナチスは大幅に議席を増やすことに成功した。二代目ルペン氏を始めとするヨーロッパのポピュリズム政党もまた、それと同じような作戦に出たのである。この作戦は、見事に当たった。……衣替えを済ませたポピュリズム勢力は、移民の受け入れ拒否を「極端な民族主義」によってではなく、「中庸な民主主義」を盾に主張し始めたからである。主張の内実は同じでも、それを訴える論法を変えたのだ。
国民戦線が用いたのは、イスラム教圏および旧東欧圏からの移民たちが、「ヨーロッパが築き上げた政治理念や社会規範に同化しない」という論法であった。すなわち、移民の大量流入により、民主主義、法治国家、男女平等、政教分離、表現の自由などが脅かされているというのである。……そうした勢力は、経済的な階級対立を超え、幅広い層から票を集めたのである。……(移民に対する)不安や不満を巧妙に利用し……厄介な地区を形成する移民や移民系住民は、治安を悪化させる元凶であり、ひいてはテロリスト予備軍であり、要するにヨーロッパ社会に同化せず、そのルールを守らない人々だと喧伝したのだ。
考えなければならないのは、移民や移民系住民の排斥や追放ではなく、その社会的統合なのである。……結局、どのみち移民は入ってくるのである。移民の過大な流入を阻止するには、移民を送り出す国々の政治的および経済的な状況を改善するしかない。根本的な課題は、グローバル規模での格差是正なのだ。
「伝統的な右派にとって脅威―おそらく致命的なくらい―を成す」ことになるだろう。自分たちの票が、ポピュリズム勢力に奪われるからである。……伝統的な政治勢力、特に右派の政治家たちは、自らの態度をポピュリズム化させることで、この「脅威」を乗り越えようとする……。伝統的な右派勢力のポピュリズム化が進行していることは、厳然たる事実であろう。……ヨーロッパの左派勢力は、効果的な手を打てずにいる。……ポピュリズム勢力の主張が、現行のソシアルな制度を守るために移民を追い出せということになると、まさに手詰まり状態に追い込まれてしまう。
ヨーロッパのポピュリズム勢力は、反EUを掲げると同時に、人々の不満を移民排斥へと誘導したのである。……現状に不満を抱く人々は、人種差別主義者の烙印を押されることなく、安心してポピュリズム政党に投票できたというわけである。……いずれにせよ、政治家だけでは乗り越えられない状況が発生しているのだ。議会制民主主義の下では、国民の側が変わらなければ、何も解決しないのである。
政策に対する支持を集めるのではなく、「雑多な不満」を惹き付けること……二一世紀の大阪で起きた事例は、そのことを実証している。……脳ミソに訴えない、中身じゃない、政策は言わない……典型的な「テレポピュリスト」……。背景には、東京一極集中による大阪経済の長期凋落傾向があった。大阪では、多くの人々が、そうした状況に不安と不満を抱えていたのである。……その際、最も不満の標的にしやすかったのが、不景気の影響を受けにくい公務員であった。……いわゆる大阪都構想もまた、その延長線上にあった。すなわち、市役所や市職員を排撃するために、大阪市の存在そのものを地図から消すというわけである。……ポピュリズムは、大衆に迎合する態度ではなく、人心を荒廃させる煽動なのだ。そこに、政治的な中身は何もない。
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